受け取り上手

受け取り下手だったのね。

他者から何かしてもらったりするのが

すごく苦手だった。

 

なんか申し訳ないというか

恐れ多いというか(^_^;)。

 

あと、いただいたらお返ししなきゃって

気持ちになって心苦しいんだよね。

 

他者に与えるのは平気だし、

けっこう楽しいのに受け取り下手(^_^;)。

 

これ、掘り下げてみたのね。

そしたらさ、

私は自分を信頼していなかったということに

気づきました。

さらに、他者のことも大して信頼していなかったということにも気づいてしまった。

 

それらに気づいたら

受け取ったり与えたりが

すごーくラクになりました。

 

お願いするのも

断るのもラク😃。

 

あ~幸せ。

不機嫌で人をコントロールする人

怒ったり不機嫌でいることで人をコントロールする人たちがいる。

被害者になることで人を加害者にする人たちがいる。

 

たぶん、それらは無自覚で行われていると思う。

怒っている人は自分が正しいと思っていると思うんだよね。

 

でね、その人たちも親とか周りとかから

そうやってコントロールを受けてきたんだと思う。

 

言葉の端々になんとなくイヤミな感じとか

自分の正当性みたいのを感じちゃうんだよなー。

 

『あなたのためを思って』いろんなこと言ってくる人がいる。

その人はほんとーに私のことを思って言ってくれていると思うんだよね。

ありがたいなあと思うときもあれば

めんどくさい人だなあと思うときもある。

 

ありがたいなあと思う人はほんとーに私のためを思って言ってくれてるんだなーって

感じるんだよね。

めんどくさいなあと思う人からはなんとなく強制力というか

圧を感じるのよ。『キミ、間違ってるよ!(=私のほうが正しい。)』みたいなね。

 

 

って書いてる自分だって、

そういう人たちが『間違ってる!』って思っているから

こんな文章を書いてしまうんだろうなあ。

 

その人たちはその人たちの人生を歩んでいるのだから、

それはそれでいいんだよね。

 

 

 

気にしないでおこっと。

 

 

夢とか目標とか

夢とか目標ってないなーって去年くらいから思ってて。

けっこうマジでないんだよね。

 

稼ぎたいとか、

世界一周したいとか、

世界一の治療家になりたいとか。

そういうのほんとに無い。

昔はけっこうあったけど。

 

かなわないのが恐いから設定してないのかなとか、

弱気になってるから思いつかないのかなとか、

いろいろ考えたんだけどほんとに無い(^_^;)。

 

あなたの夢をノートに100個書いてみてください、

そうすればきっと叶います的な自己啓発本とかあってね。

その作者はNYで個展を開きたいとか、

パラグライダーやりたいとかいろいろ書いていて。

 

うーん、私はココロザシが低いのかなあとか思うんだけど、

向上心とか向学心とかは標準装備しているのよね~。

勉強とか練習大好きだしー。

 

食べたいものは食べてるし、

行きたい所には行ってるし、

やりたいと思ったことはやっている。

ちなみに今は筋トレがやりたい。ベンチプレスで50キロ上げてみたい。スクワットとデッドリフトは100キロいけたらかっこいいなあとか思っている。

ま、でもそこまで行かなくてもいいかなあとも思ってるし、

行ったら楽しいだろうなとも思っている。

そもそも、筋トレ自体が苦しいけど楽しいので

結果は実はどうでもいい。

 

あ、でもね。

やりたいこととか成し遂げたいこととか目標とかは無いんだけど、

いつも心の中がラブアンドピースでありたいなって思っています。

平和と愛に満ちた心と身体。苦しいところとか痛いところが

心身に無いの。で、平和と愛に満ち溢れているの。

 

なりたいものはないけれど、

ありたいと思う状態はあります。

 

今日だけは怒ったり心配したりしないで、

いろんなものに「ありがとー(^◇^)」って言いながら

人にも自分にも親切な人でありたいです。

 

って、どっかで聞いたことのある言葉だわー。

ははははは。

 

 

 

 

 

 

 

思い込み

思い込み。

 

 

思い込んでいる時は当然ながら

疑問の余地など無く 

完全に思い込んでいる。

 

トラブルやミスが発覚して初めてそれが

勘違いだったと気付くのだ。

 

 

これはね、

とっても恥ずかしいです(^_^;)。

 

でも。

勘違いし続けるより

恥かいてもいいから真実や現実を

知るほうがいいな~😺

 

尊重

他者にとって当たり前のことが、

自分にとっては大変なチャレンジだったりすることがある。

 

今割と真面目に筋トレやっているんだけど、

人生初だし、この仕事やるようになってから

なるべく重いもの持たないようにしてきたり、

指に負荷をかけないようにしてきているので、

なかなか上達しない。

ま、年齢とか、骨格もあるし。

 

周りがゴッツい重さ挙げている隣で、

必死な顔して超軽い負荷でトレーニングしているのだ。

 

ちょっと前の私ならば、

恥ずかしくてやらなかったと思う。

仮にやったとしても、

自嘲気味に、アンチエイジング(笑)とか、

言いながらやったんじゃないかな。

 

 

 

それがどんなに低い水準だとしても。

チャレンジするということを

心から尊重できるようになってきた。

 

 

 

それが他者であれ

自分のチャレンジであれ。

 

 

 

結果が出ても出なくても。

 

 

下手の横好き上等じゃないですか。

 

 

すべてのチャレンジに価値がある。

 

 

 

 

最近の実感

たぶん自分はもともとスピリチュアルというか精神世界というか目に見えないものみたいのが好きだったのだと思う。だけど、まあ、先進国の首都に生まれ、下町の猥雑な雰囲気の中で育ってきたのでそういう『霞を食う話』のようなものはオカルトというかなんとなく胡散臭いし、新興宗教っぽいから無いことになっていました。そんなこと言ってても一銭にもならないしね。

 

育った家庭の影響もあって、割と若いうちから『手に職』が欲しいと思ってたし、女性だけど経済的に自立したいという欲求がありました。まあとにかく自分で稼ぎたかったのです。となると攻略すべきはこの現実社会です。自分の能力を最大限に磨き社会で生きていく力をつけるのが人生最大の目的でした。働かざるもの食うべからず、能力無き者は去れ、みたいな気分でずっと過ごしてきているわけでして。

 

やっと出会った仕事と職場は実力勝負、まさに腕がモノを言う世界です。腕の良し悪しが収入どころか人格にまで影響されるといいますか、人間性がよくなくても、性格が悪くても腕が良いのがイチバン!みたいな会社。

といいつつ、ある一定以上の腕のある人はけっこう人格者だったりするんだけどね。

 

そんなこんなでこの業界に生きてきて20年。

 

しみじみ思うんだけど、目に見えるものよりも見えないもののほうが大切ね。

天使とかハイヤーセルフとか、気とかエネルギーとか、世間的にはマイナーというかちょっとアレな感じに取られてしまうもののほうが私にとってはリアルになってきました。はい、いよいよ行っちゃってしまっているわけです。

『あー、なびぞうさん、いよいよあっちに行っちゃったのね~。』って感じです。

 

 

正直言うと能力とかもうほんとにどうでもよくて。

 

 

それよりも素直に生きるとか、自分を大切にするとか、楽しく朗らかに生きるほうが大切だよなあなんて考えています。

 

経済とか政治とかEBMとかコンプライアンスとか、一般的に『現実的』といわれているものよりも引き寄せの法則だの鏡の法則だの宇宙銀行だののほうが今の自分にとっては現実的なんだよな~。って最近考えています。

 

リストカット(リスカ)女子の就職事情 - 女だから言えること | 引きこもり、精神病からの生還

これは希望と再生の物語だ。

 


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